というわけで、(このシステムに限ったことではないですが)相手にとってはパスが出るまでは4-4-2の守備ブロックを崩すようなリアクションをすることはしづらく、右CBにとっては1stユニット(FWユニット)さえかわせば近いFBにボールをつけることは可能です。(図23)
図23
そして遅れてきたプレスの選手(図では左CMや左WM)から遠い方の足(図では左足)でアイソレート(孤立化)されている左WGへボールを配給することが、場合によってはディフェンスラインの裏にボールを送ることも可能になります。
ここで一つ疑問が出てきます。
「この右FB、この位置から対角まで左足で蹴れるの?」
という疑問です。
その答えを述べる前に、蹴れない場合のフロー(人とボールの動線)と、よくある左サイドのチーム事情の説明をしましょう。
図24
まず蹴れない場合、つまりこの右FBが左足をほとんど使えない右利きの選手だった場合ですが、それでも右CBがボールを持っている時にMF-DFユニット間の選手へのパスに対する警戒心をきちんと相手に持たせることができていれば、この右FBは相手からのプレッシャーが不十分な状態でこのエリアでボールを受けることはできます。
その後の左WGへのパス配給は難しくとも、守備チームがボールを誘導していた(守備ベクトルを出していた)サイドとは反対側の左CBへボールを出すことができます。(図24)
MFユニットを超えることはできていませんが、それでもFWユニットの守備を完全にかわしている状態です。
すぐに左WGにパスできる可能性もありますが、右FBもスライドが追い付いていている場合もあります。
その裏をCFが取りに行く等々ここでも無数のパターンが考えられますが、いずれにしてもこの左CBがボールを受けた時点でFWユニットのプレスをかわしていれば2対1、3対2等の優位性を持ったエリアを作れる可能性が高くなります。
次に「よくある左サイドのチーム事情」ですが、優秀な左利きのCBを獲得できず、代わりに右利きの選手を左CBに置くことが多くのチームであります。
世界的に有名で人気のあるビッグクラブでさえ怪我人などのチーム事情でこの決断をしていることもあるくらいです。
図25
この状況のときには多くのの相手チームが、GKやDMからのパスを(攻撃側から見て)左側に誘導し、内側をスクリーンしながらこの左CBに左側を向かせる操作を試みますが、そうされるとこの左CBのパスの選択肢が極端に少なくなり、たいていは近場の左FBか、角で張っていても効果が無いなのでサポートしに下りてきた左WG、選べても右WM-右CM間に顔を出している左AMまでで、CM間に関してはまず選択肢から外れてしまいます。(図25)
このときにボールを受けた左FBが左利きだった場合、先ほどの図24の状況のように遠いサイドのCB(この状況では右CB)にボールを逃がすことくらいなら求めたいところですが、右利きの左CBがボールを持っている時点で守備側からしたらパスの配給先に狙いが絞れている分、コンマ何秒、数センチのレベルですがプレスを早めにかけることができるので、この左FBからしたらこのプレーですら先ほどよりは厳しい状況です。
しかしこの左FBが右利きだった場合、状況は一変します。
前述の説明どおりプレスから遠い方の足でボールをコントロールして逆フランク(ワイドエリア)へとボールをリリースできるからです。(図26)
図26
ちなみに下りてきた左WGが右利きだった場合も同様に逆フランクまで一気にサイドチェンジができます。
仮にキック力の問題でそれができなくても、パスを受けた右足でそのままボールをコントロールしながらFW-MF間を覗くことができれば、右FB経由で逆フランクにボールを送れるか、あるいは2FWがFW-MFユニット間を潰すようにきちんとダウンしてケアするならプレッシャーフリーの右CBへ直接ボールを逃がすことができます。
これは以前の記事で解説した「ドリブルスピードを上げたCB」のFBによる助け方と、構図と理屈は同じです。
逆足のWG(左利きの右WG、右利きの左WG)はカットインからシュートができることだけに価値を置いているのではなく、どの高さであっても内側(もしくは逆サイド)にボールの排出先を見つけやすいところにもメリットがあります。
さて
「この右FB(左FB)、この位置から対角まで左足(右足)で蹴れるの?」
の問いに対する答えは、逆足のFB(左利きの右FB、右利きの左FB)なら「Yes」という当たり前のものになるのですが、ここで示唆したかったのは「選手の特徴を活かした」起用法です。
全てのポジションにどちらの利き足の選手でもチョイスできるような、人材が豊富なチームなら何も問題はありませんが、多くのチームが左利きのCBを持っていない中、他の左利きの選手をどこに持ってくるかは気をつけたいところです。
例えばこれまでの説明で用いた4-1-2-3のフォーメーションで、左CBは右利き、それ以外の左側の選手(左FB、左WG、左AM)は全員左利き、となると守備チームに誘導されるがままに左フランク(ワイドエリア)に追いやられ、そこからボールを逃がすことが難しくなります。
右足でボールをコントロールしながら中(と逆サイド)を見ることができる選手が最低でも一人は欲しいところです。
これは得点パターンなども含めた包括的な戦術との相談にもなりますが、逆足のWGやFBを置いたせいで縦に突破してからのセンタリングが減るかもしれない、という不安もあるかと思います。
がしかし、右利きの左CBが内側(右側)から来たボールを外側(左側)に、時にダイレクトで、しかも中距離のパスを左足で送らなくてはいけない、というこの要求されるスキルレベルに比べれば、縦に抜けて利き足でない方でのクロスの難易度は低いものです。
体の構造上、利き足でない方でのキックの方が鋭角に折り返すボールを蹴りやすいからです。
自身の選手時代に思い当たる経験がある方も多いと思いますが、利き足だと浅い角度からの助走でまっすぐ蹴れるのに、反対の足だと同じ角度からの助走だとボールが内側に入ってしまいがちです。
これは利き足というものがある以上、軸足になる反対側の足は骨盤のズレの都合上、足が長くなるからです。
正確には腰の高さがずれているということです。
これを逆手に取れば同じスピード、同じ角度からボールへアプローチしたときの(またはドリブルしたときの)リリースは利き足よりも反対の足の方がピッチ内に残しやすくなります。
とはいえもちろん角度の問題だけではなく、正確さとキックの種類、つまり質も求められるところですが、ここは選手を甘やかしてはいけません。
ドリブルもトラップも両利きになれと言っているわけではありません。
時々勘違いした「自称両利き」の選手に出会いますが、ほとんどの場合は左右同じレベルのキックができるだけです。
「利き」にはファーストタッチ(トラップ)やドリブル、スライディング、ジャンプ、走り出すときに地面を蹴っている方の足、守備時にボールウォッチャーになりにくい側など数多くの種類がありますが「どちらの足でもクロスボールが出せるようになる」はその数多くの「(両)利き」の中のたった一ジャンルにすぎません。
事実、私の経験上だけでも、左サイドで縦に抜いて左足でセンタリングを上げるのがチーム一上手い選手が右利きだったこともあります。
「利き足じゃないから上手くいかなくても仕方ない」という思考停止の空気づくりを断固阻止するために、指導者の普段の声掛けや言葉遣いから気をつけたいところです。