最後に「真逆の背景」ということで思い出した例を一つ。
私は2016年の一年間をアイルランドで過ごしましたが、その年にヨーロッパではワールドカップの次に盛り上がるスポーツイベントのUEFA EUROが開催されました。
(余談ですが、少なくともアイルランドではオリンピックはびっくりするくらい盛り上がりません。パブのチャンネル権もイングランドプレミアリーグのチームの、プレシーズン中のフレンドリーマッチに負けるくらいです。)
自分が指導していたチームが見事優勝と昇格を達成したシーズンも終了して時間があったこともあり、また開催国フランスとの時差がほとんど無いおかげで睡眠時間を削られることもなかったため、私は放送時間が被っているなどの理由で観戦不可能な試合以外の全ての試合を、ヨーロッパの戦術トレンドを確認するために観戦しました。
大会前から優勝候補最右翼と下馬評の高かったイタリア代表が3-5-2のフォーメーションを採択したことは日本のサッカーファンにもよく知られていることですが、もう一つ同じフォーメーションを採択していたチームがあります。
ウェールズです。
私は自分が試合を分析するにあたって他の記者や解説者の批評をチェックしないので(映像の解説に関しては特定の解説者の時を除いてミュートにするくらいです。洋の東西を問わず解説者が意図して偏った観方に誘導しようとすることがあるのは以前の記事でも申し上げた通りです)、世間的にはどのような評価があったのかは定かではないのですが、少なくともイタリアとウェールズに共通していたのは、(分析で最初にチェックする基礎中の基礎の部分でもあるのですが)DFの枚数が奇数だったこと、FWが偶数だったこと、そしてワイドプレーヤーが左右に1枚ずつだったことです。
細かい戦術分析や選手起用に関しての解説は他の方の当時の記事に譲るとして、私はそのフォーメーションの採択に至った経緯、背景にはざっくりと
「ブッフォン(GK)と3バックで何とか守れるっしょ」
のイタリアと
「攻撃はベイル(FW)が何とかしてくれるでしょ」
のウェールズの違いがあったと推測しています。
イタリアの5のワイド、ウィングバックの猛烈な上下運動をもちろん私も高評価していますが、そうは言ってもカウンターを食らって戻りが間に合わないときもあります。
そんな時でもイタリアは慌てずにペナルティエリア幅より外は捨てて、時にはたった3人+GKで相手のボックス内への侵入やクロスボールを防いでいました。(図23)
図23
ブッフォンの守備範囲が広いことが大いに助けになっていたとはいえ、たった1列でGKとDFの間をしっかりダウンして埋め(図24)、お腹側(自分よりハーフウェイライン側)に出されたときでも間合いをしっかりと詰め(図25)、ならばとミドルレンジから(というほどミドルでもない、ボックスのやや外程度の距離でも)フィニッシュを狙ったシュートは、シュートストップ能力もこれまた高いブッフォンが止める(図26)、ということを実際に遂行していました。
図24
図25
図26
そもそも4、5秒の時間を稼いでくれれば他の選手がきちんと戻ってくるという献身さもありました。(図27)
図27
これと比較してウェールズの思惑は真逆に映ります。
「我々は守備があまり強くないから最終ラインに5枚必要だ。攻撃は手薄になるけど、大丈夫、だってベイルが何とかしてくれるから」
あくまで私見ですが大枠はこのようなものです。
実際ペナルティエリア内に8人以上の選手が入って守ることがしょっちゅうあり、何ならコーナーキックでもないのにゴールエリア内にフィールドプレーヤーが5人ほど入ることもちょいちょいあり、そして全ての試合でベイルが自陣の深いところから(時にはペナルティエリア内から!)相手のペナルティエリア付近まで一人で運び、ラストパスやフィニッシュ、ファウルをもらってFKの獲得、ということを標準フォーマットのようにやっていました。(図28)
図28
さすがに最近ではあまり日本でも出会わなくなりましたが2010年代前半ごろは3バックを
「3人で68メートルの幅を守るの?」
と、そのイメージの断片を切り取っただけの、「3バック」というワードの独り歩きのような感想を持つ指導者が多くいました。
がしかし、そもそも3バックは相手2トップを2枚のCB(センターバック)では守れないという考えから採択されやすい戦術であることを理解しなくてはいけません。
つまり3バックとは高い割合で「3センターバック」を意味しているということです。
「高い割合」と断りを入れたのはもちろんそれ以外のケースがあるからですが、(特に3-5-2はワイドが1枚ずつになることから、守備時も片側の選手を2列目に残したまま4-4-2で守るなど)扱うテーマが別のジャンルのものになるので細かくは割愛します。
いずれにしても(守備陣形の深さにはいったん目をつぶって)ウェールズのように、3バックとは5バックで守ること、とするチームの方がどちらかと言えばオーソドックスであり、例えばボール側のサイドの選手を1列前に出して4バックでシェイプするシステムもそれを軸にしたものであります。(図29)
図29
ということは本当の意味での3バックをやっていたイタリアの方がまれであるわけですが、どちらにせよ彼らがこのフォーメーションを採択するに至った動機には真逆のものがあるように見受けられ、そして実際の試合でのそのシェイプもシステムも全く異なるものでした。
今回私が取り上げた主なテーマは、イタリアとウェールズの比較のようなフォーメーションに関してのことよりも、ゲームモデルやプレーモデルに近い、あるいはシステムと呼ばれる分野の話により近いものでしたが、育成とはまた別に、今ある人材で取捨選択をして戦術を構築するとき、やはり細かい精査が必要になります。
それも無しにざっくりと「個人スキルでかなわないから」と思考停止、思考のサボりに走って、守備に人数を割かせるだけの戦術を用いると、やらされている選手の方はたまったものではありません。
「トップの器を超える組織は存在しない」とは以前からも言っていることですが、我々はいつも選手に試されている立場でもあるということを忘れてはいけません。