その主な理由は守備時のデメリットの方にありますが、そちらの整理をする前に念のため「こんなチームは3-5-2で戦っても相手の脅威にならない」という細かいところも伝えておきましょう。
先ほどの守備側の「場所を守ってパスが出てから(パスの行先が分かってから)人に寄せる」の原則で言うと、守備の優先順位が低いのはアイソレートされたWBになりますが、このWBからの中長距離のボールの配給の精度が低く、かといって縦に突破する力も持っていないとなると、相手からしたら「そこはフリーにしておいても後からで対処できる」「中だけ締めておけば大丈夫」な状態になってしまいます。
そしてこのような“持ってからの(パスを受けてからの)”プレーの質(パスやドリブルの質)だけでなく、このWBには攻守の切り替えの早さや攻撃時の守備リスクの管理、また守から攻への切り替えのためのバランスのいいポジショニング能力、及び攻撃時に相手(主にWM)がスクリーンできない、かといって相手に脅威を与えられないわけでもない、ギリギリの深いところを取るような視野の駆け引きを試みるポジショニングを、数センチ単位で繰り返す能力の高さも求められます。
つまりWBの能力がそれほど高くないチームならこの3-5-2フォーメーションとシステムはあまり効力を持たないということです。
これが、3-5-2がまだまだ少数派である理由の一つであり、言い換えれば優秀なWBがいないとゲームが成立しづらいというのが3-5-2のデメリットの一つとも言えますが、局所的なポジションの選手の優劣だけでなく全体を包括したデメリットを挙げれば、その大きなものに自分たちの守備時の相手フォーメーションとのミスマッチがあります。
先ほどの“戦術を構築する意義”に照らし合わせれば「自分たちは分かっている」「対処できる」があるべき姿ですが、実際には各々のフォーメーションに特化した不都合は存在し、その中でも3-5-2は特にそれが際立ちやすく、これが先ほど申した守備時のデメリットになります。
3-5-2が相手チームの守備に混乱を起こしやすいのはこれまで述べてきたとおり、そもそものフォーメーションが相手とマッチアップしていないのと、攻撃時の流動性が高いというのが主な理由になりますが、こういったフォーメーションとシステムを用いるということは攻から守に転じたときに誰がどこを守ればいいのか、誰を見ればいいのか、当然自分たちも分かりづらくなるという難点があります。
相手にミスマッチを強いようと試みるなら自分たちもそうなりやすいということです。
例えば4-4-2のチームが4-4-2ディフェンスの相手チームにボールを奪われたとき、まずはプレッシング、体が入れ替わってしまっているのならチェイシングが基本になるかと思いますが、そのPrimaryを軸にSecondaryたち(こちらを参照)がどのように守備の連動をすればいいのかの判断がさほど難しくありません。(図45)
図45
これに比べて3-5-2が4-4-2と戦うとき、攻守の切り替え時はおろか、お互いがオーガナイズドの状態で守備するときも左右のワイドプレーヤーがWBの一人ずつしかいないため不都合が生まれます。(図46)
図46
ここで一旦、3-5-2の守備時の解説を進める前にフォーメーションの噛み合わせによる「がっぷり四つ」と「喧嘩四つ」の説明をしておきましょう。
「がっぷり四つ」、「喧嘩四つ」はもともと相撲用語ですが、サッカーの現場でもしばしば使われる言葉です。
簡単に言えば「がっぷり四つ」はお互い基本ポジションでの優位性を作れない代わりに穴も開きづらいフォーメーションの組み合わせのことです。
4-1-2-3対4-2-1-3などがそれです。(図47)
図47
ここまで数字上露骨に噛み合っていなくても例えば4-1-2-3対4-2-3-1や4-4-1-1など幅や高さのマイナーチェンジで対応できるのも「がっぷり四つ」の範疇になります。
共通しているのはお互いが、危険度の高いDFユニットは相手のFWユニットより1枚多く、中盤同数、危険度の低い前線はマイナス1の状態になっているところです。(図48)
図48
これに対して「喧嘩四つ」とは、エリアはどこでもいいのですが、自分たちに強みを持たせやすい場所がある分、相手にも同様に優位性を持ちやすいエリアを与えてしまうフォーメーションの噛み合わせのことを言います。
例えば4-4-2対4-2-3-1などがそうです。
FWユニットを相手と同数にするおかげで前線から激しいプレッシャーがかけやすくなる一方、そのせいでMFユニットがマイナス1の状態になっています。(図49)
(守備の観点から見てこれ自体が問題なわけではありません。相手の最終ラインを同数で寄せにいくことによりスクリーンできる範囲が増えます。別の機会に書きますが、いずれにしても喧嘩四つの戦いの方がチームの約束事が増える≒わかりづらい≒手間がかかる、ということだけここでは覚えておいてください。)
相手チーム目線で語れば、中盤で優位性を持ちやすいけどDFユニットがプレッシャーを受けやすくて困る、といったところでしょうか。
図49
ちなみに4-4-2対4-4-2を「がっぷり四つ」と解釈するサッカー関係者もいますが(ミラーゲームとは異なります)守備選手と相対する攻撃選手とのスキルが同等の場合、守備側はリアクションになる分、リーグのレベルが上がるほど(お互い4-4-2のまま攻撃も守備もするのであれば)お互い守備時に、特にディフェンスラインで優位性を持たれやすくなります。 (図50)
つまりこれも一定の割合で「喧嘩四つ」になりやすいということです。
図50
このような理由から相手の2トップに対応するように、また相手が奇数トップであっても68メートルの横幅を4人で守るのは難しいチーム状況から、奇数バックを初期設定(フォーメーション)に用いるチームがここ10年の間で増えてきたわけですが、別の問題としてDFのビルドアップ能力が当たり前のように求められ、そして実際にDFたちのその能力が高くなってきた昨今、1トップではDFのファーストビルドアップ(ディープビルドアップ)の方向を制限することはおろか誘導することも難しいといった現状があります。
つまり簡単に従来の「がっぷり四つ」での守備では簡単にチーム全体が後ろに押し下げられてしまうということです。
というわけでこれを嫌がるチームにとって、例えば4-4-2のチームと対峙する場合、ディフェンスラインにプラス1、前線に同数を保ったまま戦おうという意図からも5-3-2(3-5-2からのシフトチェンジ)は採択しやすいフォーメーションのように映りますが、お分かりのとおりこの噛み合わせは超「喧嘩四つ」です。
何度も申し上げているとおりフランク(ワイドエリア)に一人ずつしかいないからです。
そしてここにこのフォーメーションが2000年前後にヨーロッパから敬遠されてしまった原因があります。
このエリアをカバーするためにスライドをし続けるスタミナがMFに無かったということです。(図51)
図51
またフランク(ワイドエリア)をディフェンスラインから前線までカバーするスタミナがWBに無かったとも言えます。上がったら上がったまま戻り切れなかったということです。(図52)
図52
反対に格上のチームと戦うときには5-3-2のままの守備では不可能、よってFWを1枚下げてより後ろ重心にした5-4-1、つまり前線一人残しではロングボールを収めてタメを作ることも難しく、WBは完全なFBと化して下がったら下がったまま上がれない状況も生まれやすくなりました。(図53)
図53
日本で開催されたワールドカップで指揮官がフォーメーションに固執し、当時の日本の10番が代表落ちしたのにもこのような構図(フォーメーションとシステム)そのものの特異性が関係していました。
このWBの上下運動に関して、特に「上」の方、オーバーラップをどの高さまで求められるか、そしてその頻度が、ひょっとしたら前線での流動性が今ほど高くなく「角」を取りに行く役割のほぼ全てをWBが担っていた、そしてWBが上がったときの人数とシェイプのリスク管理を今ほどしっかりと詰めていなかったということも関係しているかもしれません。
以前の記事でも触れた、待ち構えるDF陣(とGK)の守備能力もこのフォーメーションを採択するのにはやはり求められやすくなります。
つまりやはり特異性がある≒フォーメーションが人(起用する選手)を選びやすくなるということです。
それではなぜこれらの理由で廃れてしまった3-5-2がここ数年で復活してきたのでしょうか。