相手DFの視野と警戒エリアの操作

 

 

さて、ここでひとつ前まで話を戻して、ドリブルで侵入した右AMがシュートを放った、あるいはラストパスを他のMFたちに送ったシーンを振り返ってみましょう。

 

ドリブルでなくても同じシチュエーションを作れるプレーに、例えば図6-1、図6-2のようなものがあります。

 

くさびの動き、第三者の動きというものです。

 

 

 

DF-MFユニット間に縦にボールが入ったのと、ユニット間でボールの軌道が横に変わったという点で、先ほどまでのドリブルインのものと同じ種類のものだと考えることができます。

前進していたボールの勢いを、先ほどまでと同様に殺せているということです。

 

しかしここで一旦、先ほどからさんざん説明しているボールの勢いを殺すことによって確保できた「キックの種類」と「相手との間合い」以外の観点からもこのプレーをひも解いてみましょう。

 

 

この状況でのパスの選択肢の中で最もゴールの可能性が高いものの一つに、裏抜けする大外の左WMへのパスという考えがあります。(図6-3)

守備の観点から考えてもファーのケアは優先順位の高いものではありません。

GKもこの状況ではシュートストップを第一に考えなくてはいけないので、ここでは肩を開けません。

 

そしてこの状況の攻撃チームの優位性は、ボールを放つ右AMがいる「場所」にあると説き、それを再現可能なものにすべく体系化、定義化している指導者も一定の割合でいます。

 

「このエリアではこのプレーを第一に考える」、「あのエリアではあのプレーをファーストチョイスする」といった約束事のようなものです。

 

この「場所の定義化」には、ゴールまでの逆算から「特定の場所にボールやが移動すると良い結果に結び付きやすい」といったデータに鑑みたものもあれば、論理から到達したもの、その両方に当てはまるもの、それを自国や自チームの特徴に合わせて選び抜いたもの、アレンジしたものなど様々なものがあります。

 

そして多くのチームが着目、活用している「場所の概念」で言うと、例えば「(アタッキング)サード」等の横の分割や「レーン」などの縦の分割、ピッチを縦にも横にも分割した「ゾーン」、また図6-4のように今まさにボールが配給されようとしている、ペナルティエリアの角付近など、さらに細かく分割されたエリアがあります。

 

 

そこからのボール配給の選択肢のうち、大外へのパスがゴールスコアリングに最も結び付きやすい選択の一つ、とするのが最初に述べた考えです。

 

しかし私は数ある条件定義の中でもこの場所定義(あるいは場所で設定する体系化)に関しては特に扱いを慎重にしています。

 

あえて抽象度を上げて選手たちに大雑把に説明をするとき、あるいは短い時間で指示を出すとき、便宜上の共通言語のような感覚で活用することはあっても、選手たちにプレーの原理原則の共通理解を求めるときには「ピッチの」場所定義はあまり用いません。

 

「ピッチの」場所とは、ブロックを敷いた相手の「このブロック内をこう攻略する」や相手ライン裏の「ここにボールを送る」など、相手のシェイプによって変わる「相手基準の」場所(図6-5)とは異なり、ペナルティエリア、アークなどピッチに引かれたラインや、イメージ上の縦や横の分割線、またそれによって作られたエリアなど、自チーム相手チームも選手がどう動こうと、その場所自体は移動しないランドマーク=目印のことを意味します。

 

繰り返しになりますが、共通理解のために「ピッチの」場所定義を用いることは時々あるものの、それらは何か新しい戦術を導入し始めた初期の段階のときなど、利便性を優先するときだけです。

 

理由は、(ピッチの)場所定義は条件定義の一つであって、それ以外にも「相手選手の」場所、自選手/相手選手が移動する角度(方向)/スピード/体の角度(方向)/視野(体の角度とイコールにはなりません)/身体能力、ボールが移動する角度(方向)/スピード、出し手受け手の距離(パスの長短)/タイミング(時間)、パスの種類(インスイング、アウトスイング、ロブ、グラウンダー等)、一つ前のプレーの場所等々、挙げたらきりがありませんが、これらのいくつかが複雑に絡み合うはずの条件の中で「ピッチの」場所の定義は理解が楽な分(暗記がしやすい分)、独り歩きしてしまう危険性があるからです。

 

詳細を語るとまるまる一冊の本が出来上がってしまうのでここでは簡潔に説明しますが、これまでに図3-6と図3-7の比較で「『ゴールに近いから有利』ではなく『GKから遠いから有利』」と述べたり、図3-8で「レーンで考えずにGKの守備範囲を考慮する」と述べてきたことからも分かるとおり、私は常に相手の状態を考慮したプレーを選手に求め、その癖付けに労力を割いています。

 

これは攻撃の原理原則からきている考えとも言えます。

 

「攻撃の原理原則とは?」と問われてもその答えは一つしかないわけではなく「その中で最も大切なものは?」と問われても、これもまた人によって答えが異なると思います。

 

ここでは「ゴールを狙うこと」という観念的なものを除いて考えたいと思うのですが、その中で最も抽象度の高いものの一つに「スペースをつくる・スペースを使う」があります。

(「ゴール方向へ向かう」も考えたこともありましたが、攻撃の途中段階では必ずしもそうではないのと、「スペースをつくる・使う」は「進むべき/進みたい方向」もカバーしている側面もあるので私はこちらを「最も抽象度の高いもの」の一つに採用しています。)

 

ちなみにイングランド人の中にはDispersal(分散、広がること)を第一に考える指導者も多くいますが、このDispersalですらスペースをつくる作業を具体化したものの一つにすぎません。

 

さて、ここで「スペースをつくる作業」というワードが出てきましたが、スペースは人(味方選手)の移動によりつくられると考えている指導者が一定の割合でいます。

これはほとんどの場面において正解であり、例えばポジション維持(移動なし)のPin Downでスペースを維持することも、逆説的ですがその原則を応用したものにすぎません。

 

が、受け手のポジションを変えていないのに、元からあったスペースの維持だけではなく、新たにスペースをつくる方法もあります。

 

例えば限定されたエリアで一定時間のプレーをして相手の注意をそのプレーエリアに向けるなどの方法です。(図6-6)

 

たった数センチでも実際の移動があればベターですが無くてもこれは成立します。つまり、受け手(図では左WM)だけでなくそれをマークする相手選手(図では右FB)の足が地面に設置している場所が変わらなくても、肩の角度が変われば、いや、肩の角度すら変わらなくてもこの選手(右FB)の意識を変えることができれば、存在していなかった(もしくは存在していたか微妙だった)スペースが新たにつくられるということです。

 

この「選手(右FB)の意識を変える」とは、ボール側のプレーに集中させるなどして自分(右FB)がマークしている選手(左WM)への警戒心を弱めさせるということです。

 

これはアイソレーション(意図して特定の選手を孤立させること)を利用したビルドアップやペネトレーションを好むチームがよく用いる手法です。

 

これはパス配給までの時間のかけ方によって変わる優位性の一例ですが、この「相手の視線や警戒心(あるいはベクトル)を操作する」方法には今説明した「時間のかけ方」以外に「相手が移動した方向(図6-7)」「そのパスの一つ前のパスが来た方向(図6-8)」「出し手が移動してきた方向(図6-9)」があります。

 

※「専門家のサッカー解説書 MFのゴールスコアリングポジションへの入り方②」より抜粋

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