受け手に求めるプレースキルはこのシーンではこれくらいのものですが、このパスの選択に関して、もう少し広いくくりで言えば「ナイスパス」の基準に関していくつか伝えたいことがあります。
1998年フランスワールドカップの少し前あたりからでしょうか、日本では長らく「スルーパスがすごい」という風潮がメディアでも指導現場でも蔓延していました。
今はあまり聞かなくなりましたがそのスルーパスをほぼニアリーイコールで「キラーパス」と呼んだりもしていました。
私は1995~1996年の1年間、ブラジルのクラブのジュニオールでプレーをした経験がありますが、そのころから気づいていたことに「パスの精度の誤差を受け手が走るペースで調整してあげられる、スペースに出すスルーパスより、走っている受け手のペースも歩幅も変えさせないピンポイントパスの方がよっぽど難しい」というものがあります。
今では考えられないかもしれませんが、当時のブラジルは毎日午前午後の二部練習でスケジューリングされ、そのどちらかの(日によっては両方の)練習のはじめにはアップがてら二人一組で1~2メートルくらいの幅でダイレクトパスを交わしながらピッチの外をジョグで右回り左回り1周ずつするというものがありました。
たった1~2メートル幅、しかもジョグ。
もの凄く簡単に聞こえますが、実際はそうではありませんでした。
20~30メートルの直線を並走しながらのパス交換ならそれほど難しくないかもしれません。
しかしコーナリング(これがかなり難しい)も含めた400メートル弱の距離を右足でも左足でも1周ずつとなるとなかなか完璧にできるものではありません。
しかしパートナーとして私と組んでいたブラジル人たちはこの400メートル弱の四角形を、コーナリングも含めてノーミスで(!)左右両回りするのです。
つまり右足でも左足でもできるということです。
ボールを使わずにジョグしていると仮定したテンポと歩幅どおりに、右回りだろうが左回りだろうが4歩に一回必ず私の前足のインサイドにピタッとボールが送られるのです。
私の技術が特別低かったことが原因である可能性ももちろん考えられますが、恥ずかしながら私がノーミスでこれをできるようになったのはほぼ1年が経ったころのことで、しかもそれは利き足のみ、左足に関してはとうとう退団するまで1回もノーミスでの1周は成功することはなく、いつも私のパートナーとなってくれるチームメイトをコーナリングでイライラさせていました。
1999年にはペルーの2部リーグのチームに所属しますが(のちに開幕前にクビになります)、そこでの練習でもこのジグザクパスがありました。
ダイレクトパスで並走するというところまでは同じなのですが、距離が50メートル程度の直線となった代わりに、ランニングのスピードは全力疾走の80%くらいまで上がりました。
こちらは8歩に一回だったでしょうか、やはり前足のインサイドに歩幅もペースも変えないで済むボールがピタッと来て、そしてやはり私は利き足の右足では上手くいくものの左足に関してはしばしば組んだパートナーに迷惑をかけていました。
その後、自分が指導者になり、所属したチームでこのダイレクトパスの練習を選手に時おり試していて、私自身は約5年に1ランクずつ世界全体のサッカーの技術レベルというものが上がっていっていると思っているのですが、あれから25年たった今も都道府県1部リーグのレベルの日本人選手たちがあの時の私よりもできていない惨状を見ると「日本人は技術が高い」と楽観するメディアを警告したい気持ちになります。
これはプロの世界でもそうです。
皆さんも機会があればぜひプロの練習や練習試合を見にいっていただきたいのですが、練習開始前の各々が適当にボールを蹴っているような時間に、2、3組はいるジョグのジグザクパスをやっているペアを私はよく観察します。
アップですらないようなそのエクササイズにおいて、相手の歩幅もペースも変えない上手なパスを交換し続けるのは大体いつも外国人どうしのペアで、残念ながら日本人ペアは「パスミス」を連発しています。
もちろんJリーグの外国人プレーヤーは「助っ人」であるという側面があるので、その国の平均的な選手より技術的に優れているという可能性もあり、一概に日本人プレーヤーの平均とは比べられないかもしれません。
しかしほとんどの日本人はメディアや観戦者はおろか、おそらく選手自身や指導者ですら、たかだか集合前の自由時間に壁パスしながらジョグをするその場面に技術的な優劣を見出していないのではないでしょうか。
ちなみに公式戦の出場機会の少ない選手で構成されたプロ選手のチームとサッカー強豪大学との練習試合などもたまに観戦したりしますが、名門と言えどアマチュアとプロの差を感じられるのは、トップスピードで走っているときのボールのクッションです。
つまりダッシュ時のトラップの上手さにプロアマの差がよく表れます。
そしてそのプロの中でも助っ人外国人選手(またはそれクラス)とそうでない者の差にはトップスピードで走っているときのパスの上手さに表れます。(図7-11)
図7-11
図では左AMがCMのプレスを斜め後方から受けながら両CBの体の角度を見て、より相手のマーク方向への反転が難しい右AMを選んでパスを出しています。
パスが弱すぎるとファーストタッチでディフェンスラインを超えることも並ぶこともできないし、強すぎると左FBに回収されるか、仮にマイボールにできても直接のシュートが難しい角度になっている可能性があります。
またパスが左にずれたら左CBの足に引っかかるし、右にずれたら右AMのスピードが弱まり、やはりラインを超えることも並ぶこともできません。
しかしこれはまだ難易度がそれほど高くない方です。
より難しいのはトップスピードでのダイレクトパスを前後の狂いなしで配給することです。(図7-12)
図7-12
図7-12はDMからのパスをトップスピードで走りこんで受けた右WMがダイレクトでそのまま右AMにパスを送っているところです。
右AMはワーストタッチで左CB-左FB間のペネトレーションを狙っています。
このときの右WMのパスが前にずれたら左FBに引っかかるし後ろにずれたら左WMに触られるか、それが無くても右AMのスピードは弱まるのでファーストタッチでの裏抜けは難しくなります。
またボールが弱くても同様に右AMの走るスピードが弱まるし、強すぎると右AMを超えて左CBに回収されます。
他にもパスに関しては語れるとことが多いのですが、まずはスルーパス信仰や前足信仰(「パスは走っている選手の前に出せ」など)を一度精査しなおす必要が我々にはあります。
特に指導やメディアに関わるサッカー関係者の方は、流れの中でのキックの上手さに関して一旦固定概念を取り払った目で査定、評価していただきたいものです。
※「専門家のサッカー解説書 MFのゴールスコアリングポジションへの入り方②」より抜粋