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・個人スキル
それでは最後に密集エリアでのポゼッション維持や適切なタイミングで密集地からボールを排出するにあたって求められがちな個人スキルを、よく見る現象の説明も交えながら説明したいと思います。
一つは今しがたも触れたところでありますが、ボールを受けた選手がタメを作る能力、とりわけ後ろからボールを受けて前を向く能力は求められるものであり、この能力を備えている選手を多く有するチームとそうでないチームとではゲームそのものの優位性に雲泥の差が出てきます。
先ほどの前線の例のみならず、ビルドアップ時に中盤が後ろ向きにプレッシャーをかけられて、そのまま後退させられてしまうと守備側は中盤にパスを出されても「OK」になります。
FWユニットがプレスバックしてMFをヘルプする必要が無いということです。(図11-1)
図11-1
また、これも既に触れたものと似ていますが、同様にアタッキングサードにおいて、後ろを向いた状態でバックパスを出すのと、前を向いた状態でバックヒールないしドラッグバックで後方にパスを出すのとではディフェンスラインの推進方向が異なります。
図9-11での説明はFBのアンダーラップという状況だったのでそもそも前を向いている状態からのスタートでしたが、この役割をCFが担うことも往々にしてあります。(図11-2)
図11-2
このときにこのCFがDFがプレスをかけている方向(タッチライン方向)にしか体の角度をつくれないままバックパスを出したときと、前(ゴールライン方向)を向いた状態でのバックパスだった場合とでは、相手の予測のしやすさに大きな違いが生まれます。
予測がしづらいということは次のボール配給に対して対処が遅れやすくなるということです。図のようにDF-MF間に横からボールを通せるか、急いで戻ったMFよりさらにマイナスのボールを通しやすくなります。
その後はフィニッシュまで持ち込むか、後手に回って急いでラインを上げるディフェンスの逆を突くボールを通しやすくなります。
もちろんまずは最初のパスを受けたFW自身が前を向くだけでなく実際に縦に抜き去るのが一番です。
その怖さを相手に示すよう努力する必要があります。
図11-1のビルドアップの状況もそうですが、これはパスを受ける選手が、受けたときに向いていた方向を向き続けたまま、その方向へのパスしか選択できないスキルレベルであると、相手に何も脅威を与えられないという単純なことを意味しています。
このように、ターンやドリブルで攻撃の推進方向を前に向けることは、サッカーをやったことが無い方でもサッカーにとって重要であることは理解できると思います。
いや、むしろサッカーをよく知らない方の方がシンプルに当たり前と捉えているのではないでしょうか。
これはサッカーのみならず目的地が対面型になっているスポーツすべてに共通することです。
この、前方に推進力をかける個人スキルに関してもう一つ例を出したいと思います。
図11-3はWMがフランク(ワイドエリア)で前を向いた状態でボールを受けたところです。
斜め前にはFWが、後ろにはFBがポジショニングしていて、サポートの形が作れていますが、相手のポジショニングもよく、このままパスを出すのは難しい状況です。
図11-3
このとき、このFBに1対1を挑むと、たいていの場合、少なくとも1対2の状況になります。
ファーストアプローチのFBが縦を切りながらなら中のカバーにサポートが必要になるからです。
人数をかけてでもここで奪いきりたいという意図を持って3人で囲みに来ることもよくあります。(図11-4)
図11-4
状況としては前にエネルギーを向けて挑んだWMのおかげで3人全員のポジションが集中しているということです。
“3対3”だった状況が“1対3+2対0”のような状況になります。
あとはここで囲まれてボールを奪われてしまうか、それとも2対0をになった2人のどちらかにボール排出ができるか、これに関してはまた別の必須スキルの問題とも言えますが、ドリブルを仕掛ける選手があらかじめ選択肢として“キャンセル”(この場合は前方へのドリブルを途中でやめること)も頭の中で持っておく、という戦術的準備をしておくだけでも成功率に違いが生まれます。
これは前線におけるドリブルの状況のみならず、CBがFWのプレスを受けながら前方へドリブルをしている状況などでも当てはまります。(詳しくはこちらとこちらを参照)
相手に縦にドリブルをさせられているのか、相手を縦に引き連れるために(相手のポジションを後ろに下げるために)ドリブルをしているのか、はその後のプランがあるか、そしてそれを遂行するだけのスキルがあるかによるということです。
また、この密集エリアでのドリブルにおいて、ドリブルをしている間に近場のサポートの選手がある程度距離を取らないと、ボール排出に成功したとしても今度はボールを受けた選手がその場所で激しいプレスに遭いやすい、ということは容易に想像できると思います。
ただし近くでサポートすること自体は否定できません。
というのも実際に密集エリアで縦にドリブルを開始すると、ボール排出がしづらくなり、場合によってはボールロストするからです。
ドリブルする選手からしたら密集地(≒相手のプレスを受ける状況)ではどうしてもヘッドダウンして視野が狭くなり、ボールを逃がす場所を見つける余裕が、特に後ろを選ぶ余裕まではなくなることが多くなります。
このような状態のときに、それでもボールが排出された後のことを考えて適切な距離を取るか、あるいはそのドリブラーがボールを奪われたときのことを想定して、その失ったボールを回収するために近い距離を保つかはチームの考えによって異なるところです。
理想としては近い距離を保っているおかげでボールを奪った相手は脅威に感じる、が相手にボールを奪われずに自分にパスが渡って、その近距離から相手のプレスを受けたとしてもそれが苦にならないような免疫をつけさせる、そして実際に相手のプレスをいなすだけのスキルを身につけさせる、ということになります。(図11-5)
そしてチーム全体のリスク管理として、近場でポジショニングしている選手だけでなく、後方で待機する選手の配置なども包括的に戦術を考えなくてはいけません。
この距離のバランス、配置のバランスは指導していて面白い部分ではないでしょうか。
図11-5
つまり密集地でのプレーにおいて身につけさせたいスキルとは、密集地でない状況でも身につけさせたいスキル全般を、時間的及び空間的制約のある密集地でも発揮させることができるようにするスキルということになります。
もう少し細かく言えば、それぞれの場面においての状況判断とプレー選択を短い時間でして、同じく短い時間で、止める、蹴る、運ぶ、振り向く(曲がる)等々の実行を開始し、それらを狭いスペースでも成功させる能力、ということになります。
そしてその能力を必要とするプレースタイルは、結局はその能力を身につけるようにうながしやすくもあるということです。
空間的制約という言葉が出てきたところで、パスの難易度についても触れておきましょう。
言い換えれば、求められるパス配給とレシーブの能力ということです。
別巻「MFのゴールスコアリングポジションへの入り方②」(詳しくはこちら)でも解説しましたが、大きなスペースへの配給になることも多いディフェンスラインの裏へのスルーパスよりも、DF-MFユニット間やFW-MFユニット間に、受け手のスピードにぴったり合わせる必要のあるパスの方が、いくつかの意味合いにおいて難易度は高くなります。
裏へのボールが警戒されやすかったり長距離での正確性が求められることで難しさが増す一方、オフサイドさえ気をつければ、コースの正確性や長短、スピードに多少の誤差が出ても、ロングボールである分(移動時間が長い分)受け手の微調整でレシーブのタイミングは修正が可能になります。(図11-6)
また裏へのボールは、仮にパスが長すぎて失敗するにしてもゴールラインを割るかGKに処理されるか、あるいは短すぎてディフェンスラインに引っかかるにしてもラインが後ろに下がりながらの処理になるか、またボールの移動時間が長くて守備の準備がしやすくなることがよくあります。
これらはつまりカウンターアタックを受けづらいということを意味しています。
図11-6
それに対してユニット間に送るボールはユニット“間”である以上コースのずれやスピード調整のミスがポゼッションを失うことに直結することが往々にしてあります。
しかも裏へのパスのときに見られた「パスが長すぎてゴールラインを割る/GKに処理される」「裏への対応のためDFが下がりながらボールに触る」「ボールの移動時間が長い分攻守の切り替えの準備ができる」などの利点がありません。
つまりカウンターを受けやすいということです。
これまでに縦→縦や横→横のパスの連続よりも縦横を組み合わせた方が相手は守備に的を絞りにくいという説明をしてきましたが、この利益を理解しているチームはしばしばアンダーラップを使います。
それも裏に抜けるアンダーラップだけでなく、特に近年のヨーロッパでは最終ラインから一つ前のユニットまで上がるショートパスのアンダーラップなどもよく見るようになりました。
それが行われるエリアは、リスク管理で言うところの「リスクを冒したくないエリア」、ディフェンディングサードです。
それがあたかも当たり前のようにCBが内側で折り返しのパスを受け直して、それをきっかけに相手のプレッシングをいなすことを標準システムとしてゲームモデルに組み込まれているチームなどを見ると、世界のサッカー界のスキル水準はどんどん上がっているように感じます。(図11-7)
図11-7
もちろんゲームモデルもシステムもチームのレベルに鑑みなくてはいけないことですが、固い頭で「サッカーとはこういうもの」とハードルを下げすぎたり、自チームの選手を過小評価しないように気をつけなければいけません。