素人の考えが大事なわけ

 

 

 

工業化社会で生きていくのに便利なスタイルで教育されてきた我々日本人は、何かを創造することが得意でないと言われています。

 

私の同僚であり後輩でもある若い指導者にも

「せっかく自由に指導できるチームを一つ与えられているんだから、何かオリジナルのフォーメーションでもシステムでも作ってみたら」

と、上手くいったらそのアイディアをAチームに還元してもらう見込みも含めて、こう促しても

「いやあ、有名なチームの戦術を真似するのは得意なんですけどね、自分のオリジナルをつくるのはちょっと」

と濁されます。

 

私自身は幼いころから空想癖がひどい子で、思い出し笑いならぬ“思い描き笑い”をしょっちゅうやっているような気持ち悪いタイプの人間だったので、いや今もってなおそのタイプの人間なので、誰に頼まれなくとも新しい仕組み(システム)というものを常日頃から考えています。

 

そんな私ですが、過去には頭の固さが原因で、ペップに先を越された苦い経験があります。

ペップ。そう、あのグアルディオラです。

 

誰も知らない東洋人の一指導者が、世界で最も優秀な監督の一人である彼と何かを競うなどおこがましいにもほどがありますが、私に限らず創造型の指導者の中には私と同じような思いをしている人たちが世界中にごまんといるのではないでしょうか。

 

2012年のシーズン終了後、当時Bチームを指導していた私は自分たちのリーグ戦は全日程終了、しかし他のカテゴリーの公式戦はまだ残っている、カテゴリー間の選手の入れ替えもできない、というエアポケットのような時期に、ちょっとしたレクリエーション的な戦術練習をしたことがあります。

 

「ビルドアップ時にスペースをつくる・スペースを使う」というテーマで2/3ピッチのPhase of Play(詳しくはこちら)を、33人を3グループに分けて11対10で行うというありきたりのものだったのですが、普段と違って指導者から選手へのトップダウン方式ではなく、私から選手にはテーマと概念とフォーメーションの組み合わせだけ与えて、後の戦術は選手が考えて決める、というものでした。

 

暗記型でなく理屈を捉えて戦術理解をしているか、という確認をシーズンの終わりにしたかったと言えば聞こえがいいですが、むしろ主な理由は“レクリエーション”という言葉から分かるとおり息抜きです。

 

スモールテーマを小出しに与えながら、上手い具合に狙いどおりの結果(成功例)をいくつか出させていき、やがて最後のスモールテーマ

「3人が関わってスペースをつくり、そのスペースを使う」

に辿りつきました。

 

各々のスモールテーマを与えてからセッションに移る前に1~2分ほど各グループでのミーティングがあり、その答、スモールテーマを遂行する手段が決まったら指導者である私に先に報告してからプレーする、という手順を設けていたのですが、最後のこのテーマは難しかったらしく選手たちからヒントをねだられました。

 

「せめてその3人のポジションだけでも」ということだったので「WG(ウィンガー)、DM(ボランチ)、FB(サイドバック)の3人が関わる」とだけ教えてあげて、そこから待つこと1分弱。

彼らは「FBを内側に畳んでDMの近いポジションに移動させ、FBが空けたそのスペースにWGが下り、相手FBをピンダウン(ピンバック)させるためにDMを高い位置まで(WGがいた位置まで)上げる」という報告をしてきました。(詳しくはこちら)

 

私が想像していたものと反対回りの回転だったので少し笑ってしまったところ、選手が不安そうに

「あれ、違いました?」

ときたので

「いやいや、まずは試してごらん」

とだけ返して、彼らのセッションの番を待ちました。

 

「タッチライン際での上下運動に長けたFBがMF(ミッドフィールダー)ポジションでボールを受けてさばけるわけないだろ」

というのがそのときの私の正直な感想でしたが、彼らの番が来て実際にそのプレーを観てみると、意外や意外、なかなか効果的にボールを進ませられているではありませんか。

 

一グループあたり約15分のセッションで練習を進めていましたが、その15分間、FBがボールロストをすることが無かっただけでなく、彼が畳んだおかげでできたフランク(ワイドエリア)のスペースに面白いようにボールが入ることが確認できました。

 

しかしセッションが終わり、フォーカスの対象になった選手に感想を聞いてみると

「いやあ、やり辛かったです」

と、またもや意外な言葉が返ってきました。

 

この反応は私が最初に笑ってしまったことが原因かと思われますが、その後、私の固い頭のせいでこのプレーの有効性については検証をすることもなく、ほどなくして忘れてしまいました。

 

後にこのFBを内側に畳むシェイプとの再会は、2013-2014シーズンのバイエルンの試合観戦ではなくそこからさらに遅れて、意外と思われるかもしれませんが2014年ワールドカップのブラジル代表の試合で果たされることになります。

 

ピクチャーサイズの大きかった(テレビカメラが映しているエリアが狭かった)あの大会のほとんどの試合は非常に分析しづらかったのですが、それでも開幕戦でブラジルが失点したシーンで、FBがかなり内側に絞っていた現象は私のセンサーに引っかかりました。

 

その後、同じブラジル代表の、撮影範囲が狭い2試合分の映像分析をしてみたところ、標準(主要)フォーマットとまでは呼べないにしても、このポジショニングに再現性があることが分かりました。

 

そこから情報を求めて、ペップがその直前のシーズンで既に自クラブに落とし込んでいることを知ったわけですが、そのとき私は、ペップやフェリペ(そのときのブラジル代表監督)と比べる図々しさはまるっきり無視して

 

「あんなに間近から直にあのプレーを観てたのに。さらに発展させたローテーションまで観てたのに」

 

と大いに落ち込みました。

 

ちなみにさらにその後、FBを内側に入れるこの手法はペップが初めてではなく2010年に既にビエルサが取り入れていたことを知り「どっちにしろ世紀の発見ではなかったのね」とズッコケます。

 

しかし今回は勉強不足が招いた不都合ではなく、固定観念を持つせいでの不便に関する話です。

 

思えば私は指導者に研修をしていたころ、研修中の新人コーチにひとまず自分の練習風景を見せた後には必ずその新人コーチから感想を聞いていました。

ペップやビエルサの話から更にさかのぼって2005年ころのことです。

ほとんどの指導者は人間ができているので、社交辞令込みで「勉強になりました」的な賞賛になってしまうのですが、私が欲しかったのはむしろダメ出しの方です。

 

とはいえ「ダメ出しをくれ」とお願いして素直にダメ出しをくれるようなタイプの人間は、性格のいい研修生たちの中にはおらず、何とかひねり出して「気になったこと」という言い回しで、私にフィードバックをくれました。

 

そこには技術的な違和感ではなく道徳的な違和感なども含まれていましたが、職業として指導している人間にとってはそれら以外の全ての要素をも複合的に考えなくてはいけないという事情があります。

 

これをあまり理解せずに違和感を持った新人に「まだまだ分かってないな」的な態度を取る玄人指導者は多くいますが、私はその分野特有の感覚にまだ浸かっていない、世の一般の感覚に一番近いこの新人たちの言葉を非常に重宝していました。

 

という思い出から鑑みると、私個人の時系列で比べても指導者として時間を重ねた時期より、そうでなかったときの方が周りの意見を素直に取り入れる、ある意味合いにおいては優秀な人間だったことが分かります。

 

素人の意見は世間の意見

 

ということを教訓にして、もちろんこれが全てだと学術は崩壊しますが、少なからずの参考にしながら固い頭を柔らかくしていきたいところです。

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